今年もあと1ヶ月少々。年の瀬になると漢字検定協会の『今年の漢字』が発表されます。僕が選んだ今年の漢字は、ずばり『国』です。-4年に1度のサッカーワールドカップや冬季オリンピックが開催された年-ということもありますが、イスラム国問題や英国のスコットランド、スペインのカタルーニャの住民投票のニュースなどで国とは何ぞや?と色々考えさせられる年でした。

イスラム国は領土をも自ら線引きし、非合法な原油の取引で資金をつくり、世界各国の負のエネルギーを溜めた人間を金銭でスカウトし兵士化する(傭兵)という、日本人的には考えられない形で国家を名乗っている、また国際的にも理解を得にくい動きだと思います。  

一方、スコットランドとカタルーニャの背景はそれぞれ違うでしょうが、地域と国家(政府)の関係を考える上で、日本人にとっても示唆的ですよね。原発の再稼働や最終処分場の件での薩摩川内や福島などの地域住民の生命に関る問題を最終誰がどう判断するのでしょう?また誰が判断できるのでしょうか?沖縄の基地問題もそうですよね。スコットランドの住民投票の際、沖縄の有識者の皆様も随分興味を持って注視していたようです。国は誰のためにあるのでしょうか?日本などの民主国家であれば、当然主権を持っている国民ということになります。憲法もそうなっております。しかし、『義務や責任』と『権利』、言い方を変えれば『役割』と『権限』のバランスが大きく崩れたと住民の過半が感じた時に、本当に日本でも自治区ができないとも限りません。

この原稿を書いている今、まさにカタルーニャの住民投票で80%を超える票(180万票)が独立国家を希望した、というニュースが飛び込んできました。スペインの最高裁はこの住民投票を無効ということで差し止め請求をしていたそうですが、180万票(福岡市民より多い数です!)を集めたという事実は重いですよね。 

結論がすぐに出るような簡単な問題ではないのですが、21世紀は17~18世紀以来の近代国家とは国家の意味が変わってくる大きな節目の世紀になるのではないか、とすら思ってしまいます。

皆さんはどう思われますか?

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